全国にタクシー業界の仲間を増やし、高めあうM&A。
福岡県に拠点を置くタクシードジャパンホールディングス株式会社(タクシードジャパンホールディングス株式会社 )のM&A1社目である、宇都宮のタクシー会社「東野タクシー」とのストーリー。TSUNAGUは本案件以降もタクシードジャパンホールディングスのPMIに関与しています。
東野タクシーのM&Aは、他にも事業を手がける前社長が運営を一手に行うことが困難になり、決断されたものでした。今回お話を伺ったのは、東野タクシーでドライバーのマネジメントを行っている部長の松崎さん。彼女はM&A以前から前社長を支えてきた社員であり、M&Aの決断を聞かされたのは社内通知の1週間前だったそう。
通常M&Aの社内通知は情報漏洩防止のため契約後に行われ、上層部であっても発表の数週間前程度に知らされるケースが多くあります。
入社4年目でドライバーたちとの関係性も築けてきたタイミングでのM&A。松崎さんが何よりも心配したのはドライバーたちのことでした。
「当時はとにかく社内通知までの1週間、ドライバーたちにM&Aのことを黙っているのが辛かったですね。自分がリストラされるのではという不安もありましたが、高齢の方も多いドライバーはリストラされたら後がないです。何よりもそれが心配でした」
松崎さんが何よりも先に前社長に確認したのはドライバーたちの雇用条件でしたが、リストラもなく、譲受企業優位の雇用条件に変わることもないと知り一安心したと言います。
これまで培った財産とこれからの決断
いよいよM&Aの決定を社内通知する当日、松崎さんは前社長と話し合い、その伝え方にもかなり気を遣ったと言います。不安や不信感を招くような「〇〇については未定」といった曖昧なワードは極力使わないように、通知後2時間は動揺から事故を起こさないように運転業務をさせないようにも配慮しました。
他の事業も手がけて手の回らない前社長の状況を知っていたためか、現場のドライバーたちの反応は意外にも肯定的なものでした。
「最終的に企業譲渡をするかたちにはなりましたが、前社長は財産も残してくれました。通常小さなタクシー会社では中古車の購入が当たり前ですが、全車両新車で購入してくれていました。ジャンボタクシーなどの大型車両も。現場を理解して会社とドライバーを想って先行投資のできる人でした」
その信頼があったからこそ、動揺はありながらもM&Aの決断をドライバーたちは受け入れてくれたのではと言います。
その後、譲受先であるタクシードジャパンの会長川島さんと社長木下さん、そしてTSUNAGUの代表斎藤ともコミュニケーションを重ねるうちに、M&Aの決断が後ろ向きなものではなく、東野タクシーのこれからにとって前向きなものだと感じられるようになっていったそうです。
ドライバーたちの意識を変えた新しい社内体制
タクシードジャパンは、人材不足が深刻化するタクシー業界の企業の存続とドライバーをはじめとする従業員が安心して働くことができる環境づくりを目指して、全国のタクシー会社をM&Aにより譲受しています。
そんなタクシードジャパンとの取り組みは、東野タクシーにとっても斬新で新しい発見の連続だったと言います。
「以前の社内体制はすべてトップダウンでした。それが今では現場で話し合い、経営層へ提案をするボトムアップ型に変わりました。当初は戸惑いもありましたが、提案するとちゃんと話を聞いてくれて案が実現していく。現場のドライバーたちの意識も少しずつ前向きになっていきました」
それまで特に設けられていなかった定例のミーティングや、リーダーを立ててチームを任せるようになるとさらに自主的に行動してくれるように。「男社会のタクシー会社で女性ががんばっているのに俺たちがやらないわけには」と気難しかったベテランの無線室社員もサポートに回ってくれました。
当初心配していた福岡と宇都宮との物理的な距離も、コロナ禍から普及したzoomを活用しながら、綿密なコミュニケーションを取っていきました。問題があればすぐに相談できる相手がいて、現場を信頼して任せてくれる環境が大きな安心感に。業務の改善点も以前よりスピード感を持って実現させていくことができました。
かつてはあまり業務改革など乗り気ではなかったドライバーたちの意識も変わっていきました。働きやすい環境になると、ドライバー自身が新人をリクルートしてくることも。
「タクシー業界は、他のタクシー会社をやめた人をドライバーが勧誘してきたりしてリクルートすることが多いのですが、以前より働きやすい環境になってきたためか、ドライバーが積極的に行動してくれるようになりました。以前なら考えられないことです」
全国のタクシー会社同士が支え合う
東野タクシーをM&A第一号に傘下を13社にまで増やしているタクシードジャパンでは、他の地域のタクシー会社との交流も双方にとって新鮮な経験となっています。
「普通、地元同士でもない他の地域のタクシー会社とつながることはほとんどないのですが、M&Aを通して傘下の企業が増えると交流してお互いのやり方を聞いて参考にするようになりました。同業種でもこんなに違いがあるのかと、視野が広がります」
新幹線からの乗客が多い宇都宮では駅で客を待つ「駅待ち」をすることが多いですが、気仙沼など漁港が近い地域では「漁港待ち」が主流だったり、高齢者の多い地域では個人のリピート客を増やせるように工夫をしていたり、情報共有が互いに役立っているそう。
「交流を深めるうちに気仙沼からはマグロが15本も届いたり、災害があればお互いを心配しあったりして、精神的にも支え合う仲間が増えました。同業の女性の相談相手ができたのも嬉しくて。今のこの環境はM&A当初は想像もつかなかったです」
ドライバーという財産を守り、次に目指したいもの
部長という肩書きでありながら、今ではほとんど東野タクシーの社長のように現場を取りまとめる松崎さんですが、それはタクシードジャパンの後ろ盾があってこそだと言います。
「最後は守ってくれる後ろ盾があるからこそ新しいことにも挑戦できる。それに私が経営者になってしまったら現場との距離が生まれてしまいます。今聞こえている声が聞こえなくなってしまう。この関係はM&Aでなければ実現していないと思います」と松崎さん。
仲介業者は成約したら終わり、買収されたら譲受企業の決定に従わなければならないと思っていたM&Aのイメージは180度変わったそうです。
「東野タクシーのドライバーは、企業との契約で長時間拘束されるような現場にも対応したり、ドライバーの質がよいと他社からの定評があります。加えてM&A後も退職者は0。勤続30年のベテランドライバーが15名以上も」
M&Aを経て、改めて東野タクシーの魅力や培ってきた価値も再確認したと言います。
「タクシー会社はやはり現場で業務を担ってくれるドライバーが一番の財産ですから。そのドライバーが安心して働ける場所をつくるのが私の仕事です。いまの環境をつくれたのはタクシードジャパン、TSUNAGUのお陰です」
今後は女性の社員やドライバーの採用や、固定客のリピート施策、あまり使われていない大型車両の活用なども検討しているそう。
「改善や新しいことをやろうと思えるのは、環境が整っていて社員たちの結束力も高まってきたから。これまで培った信頼やドライバーという財産を守りながら新しいことにも挑戦していきたいです」
タクシードジャパンが目指すもの
福岡県に拠点を置き全国でM&Aを実施、現在傘下に13社のタクシー会社を抱えるタクシードジャパンホールディングス株式会社。その第一号となった東野タクシーですが、タクシードジャパンがこの事業を立ち上げるきっかけとなったのは新型コロナの影響で打撃を受けたタクシー会社の事業承継が増えたことでした。
タクシー業界は営業エリアが決まっており、営業権のある地域でないと運行ができません。平時には一定の売り上げが見込める反面、災害やパンデミックなどで急激に利用者が減少するような事態に見舞われると、なすすべがなくなってしまいます。
M&Aで全国のタクシー会社を統括するタクシードジャパンのビジネスモデルは、そんなタクシー業界のリスクを分散するとともに、グループ一体となったスケールメリットを図る目的があります。
「経営目的を果たすためには、譲受が完了したらそれで終わりではない。譲受した企業の従業員とどれだけ一緒に会話する時間を取れるか、業務上の相談以外にも何でも話しながら信頼関係を築くことが重要で、かつ現地のやり方を尊重することも大切」と川島会長は言います。
「不安や要望があれば聞く。でも現地のことは現地のドライバー、社員が1番よく知っていますから。信頼して任せることが大切」
買収という手段を取りながら、気持ちは『全国に仲間をつくる』イメージでいるという川島会長。タクシードジャパンの方針は、PMIとして社内から事業に携わるTSUNAGUの代表斎藤とマネージャーの村上を入れた4名で決めています。
今後はタクシードジャパンとして全国のタクシー会社と協力し合える環境を築きながら、タクシー業界以外にも、自動車整備をはじめとする関連事業にも拡大していきたいという木下社長。
「経営者として売り上げを伸ばしたり、リスクヘッジをしたりするのは当然重要なことですが、どこか楽しんでできる要素が大切だと思うんです。自分たちは全国に仲間が増えて、交流を図れるのが楽しい」
M&A後、交流を重ねるうちに現地の従業員たちから「おかえり」と言って出迎えられることもあるという。
「ビジネスとはシビアな世界。そんな中にも人と人との温かな関係を築くことが、つづいていく会社として大事なことではないかと思います」